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『相談課便り』第28号 コンテンツ
「天体観測から」 高祖 幸男
「剣は心なり」 芝田 孝
「走る意味」 菅田 卓嗣
「人生楽あり苦あり」 小林 由佳
「今、隣にいる君と」 井上 貴裕
「自重互敬」 中野 正勝
「距離感」 小野 公生
<平成24年3月発行>
 <表面>
 <裏面>

 「 天体観測から」   高祖 幸男
 「オリオン座の1等星ベテルギウスが近い将来,超新星爆発をする。」というニュースが昨年流れた。地球から比較的近くにあるこの星がもし爆発すれば,満月の100倍以上の明るさで輝き,昼間でも見える史上最大の天体ショーとなる。ベテルギウスは赤色超巨星で直径は太陽の1000倍,星自身が膨張と収縮を繰り返す脈動変光星で,すでに老年期をむかえており,最近の星表面の観測から近い将来爆発する可能性が大きいという。
 オリオン座といえば星々がよくまとまった均斉のとれた美しい星座で,冬の夜空を見上げれば誰もがすぐに見つけることができる。星々をたどると棍棒を振り上げて右隣から向かってくる牡牛座に対抗している勇者の姿が連想される。地球から約640光年離れた赤いベテルギウスと約800光年離れた青白いリゲルが,星座の左上と右下に対照的に輝き,二つの星を日本ではその星の色から,ベテルギウスを赤旗の「平家星」,リゲルを白旗の「源氏星」などと呼んでいたようだ。星座中央横に並んだオリオンのベルトにあたる三つ星のすぐ下には,縦に並んだ小三つ星,その中央には1600光年離れて鳥が翼をひろげた形をしたオリオン大星雲M42,また左上にはあのウルトラマンの故郷とされる散光星雲M78がある。
 星座をつくっている星一つ一つは,地球からの距離,大きさ,表面温度,年齢など,すべて異なっているが,たまたまそれらの星が地球から同じ方向に見え,二次元的によくまとまって一つのオリオンの勇姿を見せてくれる。人も一人ひとりがそれぞれ異なった個性をもっている。その個性をもちつつもグループとしてまとまることで,さらに異なった特徴や個性がより大きく発揮できるのではないかと思う。
 星座について学習したのは小学生の頃だったろうか。冬の凍てつく夜,珠算塾からの帰り道,見上げるとまさに天空に堂々と横たわるオリオン座の姿を見つけたのを今でもよく覚えている。それから数十年,約束でもしたように毎年冬になると,東の空から上ってくるその勇姿を見ることができる。夜空の星は常に変わらないものだと思っていたが星にも寿命があり,長い時間のスパンで見れば人と同じように星にも一生があることに気づかされる。
 十数年前になるだろうか,天体観測に凝った時期があった。当時,購入した口径8㎝の屈折望遠鏡で最初に見たのは月,表面のクレーターや凹凸の地形の様子を鮮明に見ることができた。次に木星,表面の縞模様と4個のガリレオ衛星,環をもっている土星,満ち欠けする金星など,肉眼ではどの惑星もただの明るい一つの光点としか見えないが,望遠鏡で観測するとそれぞれが大きな個性をもっている。よく雑誌などで惑星の写真は見るが,実際に観測すると,確かにその星があるという実感や臨場感をもつことができたし,その姿はふしぎで神秘的でもありもっとその星について知りたくなった。
 望遠鏡は口径が大きいほど集光力が大きく,より分解能が高くなる。そこで8㎝では飽き足らず,20㎝のシュミット・カセグレン望遠鏡を購入した。(我が家の財務大臣にはかなり無理を言ったのだが)大口径の望遠鏡で惑星の姿もより鮮明に観測できたし,さらによく観測できたのは二重星だ。肉眼では一つにしか見えない星が,実は望遠鏡では二つの星が接近して並んでいるのが観測できる。はくちょう座の口ばし付近にある星アルビレオは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にもでてくるが,金色とエメラルド色の星が寄り添い天空の宝石といわれる美しい二重星である。他にも多くの二重星が存在するが,それらを一つひとつ見つけていくのも楽しいものだ。また,望遠鏡の視野の中ですべての星が時間とともに少しずつ西へ移動していくことから,確かに地球という自転している一つの惑星の上に自分がいるんだということも実感できる。当時いくつかの彗星も観測できた。その破片が次々と木星に衝突したことで話題となったシューメイカー・レビィ彗星,地球に接近した百武彗星やヘール・ボップ彗星など肉眼でも観測できた。
 天体観測によって,宇宙の神秘を感じることができるし,その中には驚きや発見もあり,なぜか癒やされる。喧騒の中に生きている人間がちっぽけな存在に思えてくる。星に比べれば人の一生などほんの一瞬かもしれない。しかし,その人生という限られた時間の中で夢中になれることを見つけ,生き甲斐をもって懸命に精いっぱい生きていく,そしてそのことで社会に貢献できるとすれば,充実した人生を生きたといえるのではないかと思ったりもする。


 「剣は心なり」    芝田 孝
 3月2日に行われた卒業式は、厳粛な中にも心温まる本当に素晴らしいものでした。私が指導している剣道部の卒部式では、卒業生達から3年間の苦労話や、後輩達への熱い激励、仲間や保護者に対しては自分を支えてもらったことへの感謝の言葉を聞くことができました。また、私に対しても心からの感謝の言葉をもらい、私も胸が熱くなり、本当に良い部員達に恵まれてありがたかったと改めて思いました。それと同時に、自分の高校時代のことも鮮明に思い出されました。
 私は高校入学にあたり、全国優勝を何度も経験している剣道の名門校を志望し入学しました。ちまたでは「日本一厳しい剣道部」といわれていたようですが、部活動を中心として本当に充実した高校生活でした。そこで出会った恩師は大変厳しい先生ではありましたが、高校時代から大きな影響を受け、指導者となってからも先生の指導される姿を間近で見続けてきました。先生はいつも部員の成長を、立派な大木に例えて話されました。
 「大輪の花を咲かせる(夢を実現する)ためには、土の中に埋もれて目には見えない根(心)をしっかりと張り植え付けること。大地に張った力強い根(素直な心)は養分(指導)をぐんぐん吸収し、やがて立派な幹(基礎基本)を成長させる。立派な幹はそこから、見事に茂った枝葉(技術)を伸ばし、やがて実(結果)がなり、大輪の花を咲かせる。根(心)の乏しい大木は、風雨にさらされると簡単に倒れてしまう。決して目先の勝利にとらわれて指導の順序を誤ってはならないのだ。」
 私は高校時代に、この先生のご指導のもとで日本一を目標としていましたが、その夢は叶いませんでした。しかし、その夢には続きがあります。「日本一の生徒を育てたい」という夢です。卒部式での、周りに「感謝」する卒業生達の姿から、日本一、いや世界で活躍していくためのしっかりとした根(心)が育まれていることを実感しました。卒業生達の今後のさらなる活躍を期待しつつ、夢の続きを追いかけて、後に続く生徒達を指導していこうと思います。
 高校時代は大切な3年間ではありますが、人生の中では本当に短い3年間です。この高校時代に、何事においても広い視野を持って、目先のちょっとしたことにとらわれることなく、人生の大輪の花を咲かせるべく、大地に張った力強い根を育んでもらいたいと思います。


 「走る意味」   菅田 卓嗣
 私は何か目標を立てて自分で実践していくことに楽しさを感じる。みんなはどうだろうか。人から指示されたことをする「受け身」ではなく「自主的」に行動していくことに大きな価値があるように思う。
朝日高校に教員としてきてから6年間、時々学校まで走って通勤することを決めている。走ろうと決めた日はどんなに疲れていてもやると決めている。始めようと思った理由はたくさんある。体育教員として体づくりをすること、苦手な朝を克服すること、また、陸上競技の中でも跳躍を専門としている自分は、長く走ることは苦手であり、指導者として陸上競技全種目を教えないといけないので、長距離選手の気持ちを少しでもわかるようにと始めたことなどがきっかけだった。家が学校に近いので、車で行けば早くて約10分でつくが、走っていけば東山峠があり本気を出せば約20分でいくことができる。この通勤にかける「20分」は多くの発見があった。
 まず走っていると、1km地点付近で立ち番の地域の方々が物珍しそうな顔をしながらも、「おはようございます」と挨拶をしてくれる。こちらも走りながら挨拶をかえす。いつもたいてい同じ人が立っている。挨拶を交わすとなぜか体が軽くなり自然と加速する。また、体づくりのためか40歳代ぐらいの男性ともすれ違う時がある。仲間のような気がして嬉しそうにお互い挨拶を交わす。また、体が軽くなる。峠が終わったころ、時間帯によっては小学生と出会う。歩いている横を抜いていくと負けるものかと走ってくる子がたまにいる。少し減速し、追いつけるか追いつけないかのスピードで走ってみる・・・。小学生あきらめる・・・。「あきらめるな!!」と言いたいのをこらえる・・・。そして、学校の南門から入っていくと、自主的に朝練をしている陸上部の子がさわやかに挨拶をしてくれる。ここが1番元気が出る。そして、ゴール。
 「20分」の中に達成感だけでなく、元気になるエネルギーをもらえたように思う。これは車で行く10分の中では絶対に得られないものだ。走ったその日は、なんだか充実した気分にもなった。嫌なことがあったり、疲れたりしているときでも元気になる
苦手なことをやれと言われてやらされるよりも、自分で覚悟を決めて実行し、工夫してやっていくほうが楽しい。また、自分でやると決めてやっていることだからより一層いろいろなことを学びとれることができるのではないかとも思う。
 だから、勉強に追われながらも、自主的に朝練をしている生徒や自分たちで協力してつくりあげていく朝日祭に対し感動するのだと思う。
 このように思えるようになったのも自分が朝日高生として自主自律の精神が育つよう育ててもらえたからではないかと思う。生徒の時は分っていなかったような気がするが、今になって仕事をしながらいろいろな場面で大切だと思うことがよくある。そう思えるようになったのも則近先生、宮本先生、大西先生をはじめ自分の学年でお世話になった先生方のおかげです。本当に感謝しています。そして、14年間部活動から今まで厳しく暖かく導いてくださった西原先生に本当に感謝しています。ありがとうございます。
 目標を達成するうえで、つらいことは必ずあります。つらければいい、苦しければいいというのでは心が持ちません。苦しい自分と向き合い、楽しさを見出す工夫が必要だと自分は思います。目標を達成する方法を自分で選択できることに楽しさを感じませんか?
 最後に、陸上競技部、2年I組をはじめとする多くの後輩たちにメッセージ
   夢は向こうからやってこない、夢は自分の足で走って自分の手でつかめ!!



 「人生楽あり苦あり」    小林 由佳
 これは私の持論ですが、人生はすべてプラスマイナスゼロなんじゃないかと思っています。良いことがあれば悪いことがあるし、悪いことがあれば良いことがある。人生生きていれば、この世の終わりだと思えるほどショックなことや苦痛なことが起こる時もあります。でもそのショックや苦痛でさえ、苦難の最中には気づかなくとも、自分にとってのプラスに変えることもできると思っています。プラスマイナスゼロではあるけれど、マイナスをプラスに変えられるとしたら人生がより良くなるのではないでしょうか。私の人生なんてまだ日本人の平均寿命の3~4分の1程のものですが、多少の酸いも甘いも経験してきた中でそう思うようになってきました。
 私は小学校の時、水泳が本当に大嫌いでした。夏休みの集中特訓に参加することになり、最後の日にはクロールで50m、足をつかずに泳がなければならず、それはそれは私にとって苦痛でたまりませんでした。他の人にとっては何てことないことかもしれませんが、私にとってはそれまで生きてきた中で最悪だと思える日でした。半分を過ぎたあたりから息つぎも忘れて無我夢中で泳ぎ、窒息しそうになりながらもなんとか泳ぎきることができました。ゴールで待っていた先生が「よく頑張ったな!いい泳ぎだったぞ!」と言ってくださった時は本当に嬉しくて涙がこぼれそうになりました。家に帰ると母がケーキを買って待っていてくれました。大嫌いな水泳を頑張ったからこそ先生の言葉が嬉しく思え、美味しいケーキが家で帰りを待ってくれていたんだと思います。もしあの苦しさがなければ嬉しさもきっとなかったでしょう。
 みなさんもこれに似たような経験をいくらかしたことがあるのではないでしょうか。自分にとってマイナスなことがあったからこそプラスに感じられる、それが幸せというものなのではないかと私は思います。幸せというのはやってくるのではなく、実はそこにあるもので、それに気づくかどうかなのだとしばしば実感します。物事には大きいこと小さいこと、良いこと悪いこと、様々あります。それらはすべて表裏一体で、裏返して見れば逆の意味をもち得るのだと思います。同じ出来事でも、それを人生の一大事だと思うか、日々の生活の中の取るに足りないことだと思うか、或いは、次に繋がる布石だと思うか、単なる捨石と思うか、受け取る人の捉え方や感じ方で人生の楽しみ方が変わってくるのではないかと思います。どんな辛いことも苦しいこともすべては自分自身の糧となり力となります。“無駄”ということは一切ありません。どんなことも上手くいくプラスの時もあれば、何にも上手くいかないマイナスの時もありますが、いかにマイナスの自分を楽しむかどうかでプラスにもマイナスにもなり得るのだと思います。最悪の事態に陥ってしまっている時、それをプラスにもっていくことはとても難しいことだと思います。後になってみればよかったなと思えたり自分にとって必要なことだったと思えるかもしれませんが、渦中に在る時は苦しさに追い負かされてしまうものです。けれど、どうか人生を思いきり楽しんでください。一度しかない人生、どうせなら楽しい人生を送りたいものです。みなさんのこれからの長い人生が実り多いものであるように願うと共に、私自身も自分の人生を思いきり楽しめるように努力していこうと思います。


 「今、隣にいる君と」    井上 貴裕
 「今から10年後、このクラスの誰と一緒にいるだろう。」突然何を言い出すのかと怪訝に思うかもしれませんが、少し想像してみてください。
 今は毎日顔を合わせ、当たり前のように一緒に過ごしている仲間たち。仲の良い相手もいれば、ほとんど話したことのない相手もいるかもしれません。しかしあと1年後、2年後には大学進学で全国各地に散り、就職の際にはそこからさらに全国、あるいは世界に羽ばたいていくでしょう。そう考えると、これから先も一緒にいる相手は限られていくのではないかと思います。
 私には、幼稚園の頃からの付き合いで親友と呼べるほど仲が良かった相手と、高校進学を機に疎遠になってしまった経験があります。当時はお互いに携帯電話を持っておらず、それまでの10年間が嘘だったかのように全く連絡を取ることが無くなりました。
 そしてまた10年の月日が流れ、私は25歳になりました。昨年挙式する際に、誰を披露宴や二次会に呼ぶかで散々悩みました。今でもよく会う友達はもちろん呼ぶけれど、年に数回連絡を取るくらいの相手まで呼んでいいものか……。まして、10年も会っていない相手を呼んでもいいのだろうか……。
その時、ふと思ったのです。もしこの機会に会わなければ、彼に会うことは一生ないのだろうと。そしてそれは私の本意ではないと。気が付けば懐かしい番号に電話をしていました。
 その後は驚くほど簡単に話は進みました。彼は今も実家に住んでおり、披露宴への出席を快諾してくれたばかりか、友人挨拶もさせて欲しいとまで言ってくれました。空白の時間はたった一本の電話によって埋められたのです。
 その他の友人たちも同じでした。翌日にも仕事があるにも関わらず、埼玉や神奈川などの遠方から駆けつけてくれた友人もいました。彼らは相変わらず気のいい人間で、当時と何ら変わりない、楽しい時間を過ごすことができました。
 私が皆さんに伝えたいことは、「人との絆は時に見えなくなるが何度でも繋ぎ直せる」ということです。自分がそうしたいと願い、行動を起こしたとき、相手はきっと応えてくれるでしょう。一度仲良くなった相手なのですから。今隣にいる相手とこれからも一緒にいたいと願うなら、恥ずかしがることなく友情を叫ぶことです。

 「自重互敬」    中野 正勝
 昨年から今年にかけて、多くの本を買ってしまい、またまた配偶者の顰蹙をかっている。「現代社会」に係わっていると、どうしても広領域・総合領域を守備範囲とせざるを得ないので、とても広い範囲を「勉強」と称して追い続けることになる。
 倫理・哲学領域からしばらく離れているうちに、マイケル・サンデルのブームに乗った政治哲学領域で、「リバタリアン VS コミュニタリアン論争」のことを知った。簡単に日本語で解釈すれば、「進歩的自由主義者 VS 保守的共同体主義者」ということになるだろうか。このことを学問的に分析提起しているのが、例えば、マッキンタイアの『美徳なき時代』(みすず書房)である。
 これは、授業をしていても、ずっと違和感を持っている日本の原理的な部分に関わるのだが、教育相談の紙面なので、そのあたりは大きく割愛し、教育相談的に参考になりそうな所のみを抽出して述べてみよう。
 日本の最高法規は、当然日本国憲法であるが、この憲法はGHQの影響下でできていることは周知の事実である。法的手続きは、儒教的であった大日本帝国憲法を改正する形をとり、絶対主義的な天皇制を象徴天皇制へと変換して継続するスタイルを選択している。戦前の儒教的共同体、いわばコミュニタリアン的志向が、戦後一気にアメリカのニューディーラーとも呼ばれるリバタリアン(自由主義的理想主義者)により、個人主義的で自由主義的な方向性へと大きく転換された訳だが、このことについては、数限りなく論じられている。敗戦はもちろん、これはとても革命的な価値観の転換である。同じ国土、同じ民族、ひとつの伝統社会に、日本をあげてこの新しい価値観が導入されてゆくが、詳しくは戦後多くの混乱の記録を読んだり、祖父母の方等に聞き取りをすれば、多くのことでが分かる。ここで細かく述べることはないと思うが、推薦書として、ジョン・ダワー(プリンストン大教授)の『敗北を抱きしめ』(岩波書店)などがある。
 つまり、日本社会や人間関係は、共同体的な近所・ムラづきあいと個人主義的な自由主義が奇妙にブレンドされ続けることになった。このことに戦後は、産業構造の高度化(農業の衰退と第三次産業の伸張)や高度経済成長、都市化、情報化、国際化などが加わってきた。人権LHRや社会科授業で自由・人権・平等を説き、一歩そこを出れば、先輩後輩、歳の順・歳の功、敬語、原発ムラ等々の世界なのである。その中で、青年が自己形成してゆくのは、実は難しい。真剣に考えたら、その矛盾に不登校になってしまいそうである。真面目に置かれている状況をとらえれば、だが。
 先のマッキンタイアは、自由主義・合理主義の行き過ぎにより、残念ながら結果として欧米などは現代社会が「美徳なき時代」になってしまった、と歴史的に検証している。従って、現代社会でこの主張を、巧妙にキャンペーンするには、「家族」の「絆」や「つながり」を重視することになるのだろうか。個人主義の人権保障を優先するのと同じくらい、共同体の利益や人間関係の奥深さを分かってほしい、ということなのだろうか。
 実は、心理学でも同じようなことがある。戦後、アメリカ的なプラグマティズムによる行動主義がはやったが、いつの間にか内面を重視したもの(当たり前ですね)や人間関係に重きを置くもの、いわんや家族療法で、一世代前の祖父祖母に自分の父母がどのように養育されたかまで、遡って分析するようになっている。このことは個人の心理分析には、家族の文化、いわば家族共同体を重視したコミュニタリアン的発想が必要ということになるのだろうか。
 ここで、我々相談室ですが、どちらに足を置けばよいのでしょうか?ここに、ピア・サポートの出番もあるのでしょうか。実際の行動の方がやはり大事ですか?個人の内面ですか?個人の利益ですか?共同体や学校・家族の利益ですか?これらは、交通指導にも、生徒指導にも、挨拶にも、進路指導にも・・・教育全てに係わっているように思えます。
 こうしたことを考えていると、この岡山朝日高校の古くて長い共同体的伝統と個人個人の持つ様々な生徒の価値、自分の価値の問題に、悩んでしまいます。そして、このことこそが、ひょつとしたら「自重互敬」の答えの一つなのかもしれない、と考えたりします。皆さんはどのように思いますか?


 「距離感」    小野 公生
 1年生で習った分野であるが,ある分子の例を挙げて考えてみよう。例えば水素分子H2は共有結合により結びついてできた分子である。そのため水素原子どうしはある程度近い距離にあるが,原子核はそれぞれプラスの電荷を帯びているので,近づきすぎることはない。結局のところ,引き合う力と反発する力が釣り合うような距離を保っているのである。
 難しい話はこの程度にするが,このように非常に小さいスケールでも距離感というのは非常に重要である。ましてや人間関係を円滑にするには人と人との距離感が重要な役割を果たすことは,高校生の皆さんではよく分かっているであろう。
「ヤマアラシのジレンマ」という寓話を知っているであろうか。
 ヤマアラシのカップルがある寒い日に温め合おうと身を寄せ合った結果,近付きすぎたために傷つけ合ってしまった。今度は逆に距離を取ったところ,寒さで凍えてしまった。という内容である。この「くっつきたいけど離れたい」という感情は,恋愛に関してよく挙げられる話であるが,より広い視点で考えてもらいたい。
 周りを見渡してもトゲが体から生えている人はいないであろう。しかし,目に見えないトゲやパーソナルスペースを有している人は多いと思われる。人とのつきあいは物理的な距離だけでなく,目に見えない心理的な距離も考慮する必要があるので非常に複雑なのである。
 今の自分自身を振り返って,良い距離感を保てているであろうか。どんな相手に対してもちょうど良い距離感を見つけることができれば,お互いが安心感や親近感を得ることが出来るだろう。もし距離感を間違えてしまっても,また距離を見つめ直せばよい。見つめ直せるのが人というものである。


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