気温が上昇してくると,身体の奥がムズムズしてくる。新聞を見ても,目に入るのは旅行の広告ばかり。そう,私は海外旅行が大好きだ。一番のストレス解消法であり,趣味と実益を兼ねての旅である。世界史の教師なので授業ではまるでその場にいたかのように話すわけだが,実際にはほとんどが書物の上だけの知識だ。致し方ないこととはいうものの,自分の目で見,そのものから直に受けた印象を授業で話すことができれば,きっと生徒の頭の中には鮮明にその出来事が残るはず……そんなことを思いながら,旅に出る。
はじめての海外旅行はまだ教員になる前,相棒のたっての希望でニューカレドニアに出かけた。”天国に一番近い島”というフレーズが思い浮かぶようなら,あなたは私と同年代である。南太平洋に浮かぶフランス領の島々。青い空,青い海。「海辺のリゾート」を楽しむツアー旅行であった。
この初めての海外旅行では,不快な思いもした。一組の新婚さんがとにかく私たちと同一行動を取りたがるのだ。自由行動の時間になると,「どこへ行くんですか? 動物園? 私たちも行くー!」でついてくるのだ。正直うっとうしい。彼らはどうもフランス語はもちろん英語もさっぱりできないようだった。なので,英語ができる(できそうな)人にコバンザメのようにくっついて旅行していた。他人様に迷惑をかけないためにも,自由行動ができる程度の語学力を身につけることは大切だとしみじみ思った。なお,ニューカレドニアのコテージで岡山では見たことのないサイズのゴキブリに遭遇し,私には南国のリゾートは合わないことを確信した。
最初の頃の海外旅行はツアー旅行ばかりだったのだが,ひょんなことからツアーではない海外旅行に行くことになった。なんと!とある雑誌の懸賞でドイツ旅行に当選したのだ。(人生の運はこれで使い果たした。)私と友人,雑誌編集部2人の計4人で旧東ドイツを巡る旅である。私はいつものツアー旅行感覚で参加したのだが,この旅で気づいたことがあった。
まず,案内役であるはずの雑誌編集部2人の英語力が私以下であったことだ。恥ずかしながら,私の英語力は中学生に毛が生えた程度であるが,そんな私が時には彼らにかわって交渉することもあった。なんのこっちゃ,であり,かつ驚いた。ツアーの添乗員は英語ペラペラの人ばかりだったので,海外旅行を主体的に行うにはかなりの英語力が必要だと思い込んでいたのだ。「それなりに話せれば自分で海外旅行はできるんだ」ということは,新鮮だった。
またこの旅行は4人だけの旅行だったため,かなり自由度の高い旅になった。「ザクセンハウゼン強制収容所跡へ行きたい」「ドイツの一般家庭を訪問してゴミの分別などの様子を見たい」「オペラを観劇したい」といったわがままも聞いてもらえた。もちろん,お土産屋さんへ強制連行されることも皆無。(ツアー旅行では観光30分,お土産屋さん90分などはよくある話だ。)それまでのどの旅行より充実した数日間を過ごすことができた。自分の行きたいところへ行きたいだけ行けるって,なんてすばらしいんだろう!と自由な旅に開眼したのであった。
それからというもの,すべてではないもののできるだけ個人旅行で海外へ出かけるようになった。ロンドンでは,アビーロードの横断歩道でビートルズと同じポーズで写真を撮り,短い距離ながらもオリエント急行に乗った。香港では趣味のビーズショップ巡りに没頭。ニューヨークでは,メトロポリタン美術館に入るために4時間並んだ。どれもきっとツアー旅行では無理だっただろう。
もちろんリスクもある。個人旅行はツアーより高くつくことが多い。大型バスでポイントを効率よくまわるツアーと違って時間の無駄も多いし,乗る地下鉄を間違えたり,迷ったりは常だ。食事にも苦労する。困ったときに頼りになる添乗員はいないし,自分の身は自分で守らなければならないから,冒険はせず安全は最優先事項だ。自分の好きなようにしたいということは,すべての責任を自分が負うということでもある。
なら,覚悟を決めるしかないではないか。まずはできる限りの事前準備をする。何冊も本を読み,日程を自分で組み立て,「AがだめならB,BがだめならC」とシミュレーションをする。飛行機とホテルはどこかがいいかを調べ,交通の便や治安をチェックする。英語ができれば本当に心強いが,それだけではダメだ。現地の言葉で簡単な挨拶や「トイレはどこですか(これ重要!)」を調べておく。世界史の材料になりそうなところをピックアップして旅程に組み込む。やるべきことは多い。時間と体力のある若い人ならまだしも,この年齢ですべてを自分で組むのはいささかしんどい,ツアーならどれだけ楽だろう……。でも,多くの都市はきっと人生で二度と訪れることのない場所だ。だからこそ,多少の苦労をしても,連れて行かれるがままのお仕着せ旅行ではない,自分らしい旅がしたいと思う。
暑くなってきた。さて,今年はどこに行こうかしら……
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