10年以上前のことだが、勤務していた高校で行われた「リラクセーションとイメージトレーニング」という研修会に参加したことがある。リラクセーションというのは、ストレスから心と体を解き放つためのもので、ゆったりと安定した座り方に、ゆっくりとした腹式呼吸のしかたの丁寧な指導を受け、静かで落ち着いた雰囲気の部屋で実際にそれをやってみるというものだった。また、イメージトレーニングというのは、自分の力を100%発揮するためのもので、リラクセーションの後、楽な姿勢で目を閉じたまま、自分の最高のパフォーマンスをイメージしてみるといったものであった。この講習会自体の中では、まあ久しぶりにゆっくりとして、気持ちを落ち着かせることが出来たかなあと何となく感じた程度であった。だが、私はその後、この「リラクセーションとイメージトレーニング」の威力を思い知ることになった。
その日の夜、たまたま、同僚たちとの親睦ボウリング大会が企画されていた。わたしは、ボウリングというのは滅多にやらず、スコアも70点かせいぜい90点くらいでしかなかった。ボウリングというのは、私よりさらに上の世代の人たちが若者だった頃最初のブームが起こっており、先輩の先生たちのレベルは高く、200点近く出す人はざらにいた。そんな中で、好成績は望むべくもなかったのだが、この日ふと思いついて、昼間やったリラクセーションとイメージトレーニングをやってみようという気になった。ボウリング場のベンチに腰掛けて、静かに目を閉じ、その日教わった腹式呼吸を、ゆっくりと実行してみた。ゆったりとリラックスした後、ボールを手に取ったのである。
すると、どうしたことか、いつもと違って投球は常にねらい通り転がり、スペアとストライクの連続であった。外すことの多い1番ピンに確実に当たり、ぱたぱたと全部倒れてストライクになったり、2、3本残っても確実にスペアをとることが出来た。かつて経験したことのないペースで得点は増加してゆき、ついに、最後のフレームで、パンチアウト(最後に3回連続ストライクが出ること)すると、200点の大台に乗るという状況になってしまった。だが、もともとスペアもおぼつかないものが、3回連続ストライクなどとうてい不可能と思われた。まして、「ボウリングで200点出すなど生涯これが唯一のチャンスに違いない。何とかこのチャンスを活かしたい。」などと考えて余分なプレッシャーを自分にかけては、失敗は目に見えていた。しかし、ここで私は、もう一度、リラクセーションとイメージトレーニングを行ってみた。腹式呼吸で体の余分な力を抜き、静かに目を閉じて一番いい投球をする自分を思い浮かべた。そして、おもむろに、投球に入った。ストライク。もう一球。これもストライク。そして最後の一球。ストライク。何と200点を達成してしまった。夢のような好スコアである。私は、大変うれしかった。しかし、このとき同時に私は勘違いをした。「俺は、実はボウリングがうまかったのだ。」そう思った。浮かれた私は、無性にボウリングがやりたくなり、次の週末友人を無理に誘ってボウリングに行った。「俺の腕を見せてやるよ。」リラクセーションなどすっかり忘れ、さあ、200点出してやるぞ!と勇んで投球した。ところが、おかしい。この前と違って、ボールは全く思うように転がらない。ストライクはおろかスペアも全くとれない。こんなはずじゃないと頑張ろうとするのだが、ますます余計な力が入って、ボールは右に左にぶれまくる。結果は惨憺たるもので、70点台や90点台の連続。最低の出来、いや本来の出来に、すっかり戻ってしまっていた。
このどたばたで私は、あの200点が、残念ながら「実は私がボウリングがうまい」ことを示すのではなく、「リラクセーションとイメージトレーニング」が、いかに絶大な効果を示すことがあるかを証明するものであると思い知った。このことに限らず、過去の成功体験というものが、その後の自信になってよい作用をしてくれる一方で、ときに自分を縛るものになってしまうことはよくある。さらに、うまくいかないところを、こんなはずじゃないとあせると、ますます深みにはまってしまうものである。そんなとき、腹式呼吸などによるリラクセーションは、確かに本来の自分を取り戻させてくれる効果があるようである。そもそも人間は、生まれたばかりの赤ちゃんの頃は、腹式呼吸が得意で自然と深い安らぎを感じているのだそうだ。ところが、その後成長するにつれて様々なストレスにさらされるうち、それをすっかり忘れてしまうのだそうである。 |
ボウリング200点事件以後も私は、事に当たり時々思い出したようにこの種のリラクセーションを実行し、その効果の恩恵を受ける経験をしている。そして、いつの間にか勘違いした妙な自信を持って痛い目に遭うこともまた懲りずに繰り返している。
参考文献:学校で使える5つのリラクセーション技法 藤原忠雄著 ほんの森出版 2006 |
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