『相談課便り』第18号

「わからないことの大切さ」

高原昭彦

将棋が好きである。小学生の時に覚えてかなり熱中した。将棋雑誌でプロの存在を知り,プロになりたいと思ったときもあった。中学2年生のとき,岡山での将棋大会に出場し,4連勝して「これは優勝するしかない」と思った(あさはかですね)。ところが,次にあたった1年生が強かった。かなり粘ったが,ねじ伏せられてしまった。「こんな強い中学生がいるのか(しかも年下)」と思った。「世の中強い人がいるものだ」ということがやっとわかったような気がした(この中学1年生が現在岡山在住のプロ7段のA氏である)。これで一気に熱が冷めたが,それでも将棋への興味は続き,大学では将棋部に入った。先のような経験がありながら,それでも自分は強い方ではないかと思っていたら,大学将棋部には,とんでもない猛者がたくさんいた。中学・高校ですでに社会人も含めた全国大会で優勝した人やプロ修業をやめて大学にきた人,練習対局ならプロにも勝つような人。自分程度の力は,無に等しいのだと思い知った。しかし,同時に彼らの才能や将棋にかける情熱には,素直に敬服することができた。趣味の世界とはいえ,他人のすごさ(自分にないものを持っていること)を認めることができるようになったのは幸運だったと思う。自分に劣等感を持つということでなく,他の人に敬意を払うことができるということは大事なことなのだろう。

将棋というのは,残酷なところがあるゲーである。審判はおらず,自分で「負けました」と宣言して頭を下げなければならない(これを「投了」という)。将棋を覚えてからいったい何回口にしたことだろうか。その瞬間はいつも苦しさをともなう。「どうしてこうなったのか」「あそこでこう指していたら」と後悔し,自分の力の無さを思い知らされる瞬間である。いつも「指さなければ良かった」と思う(この感情はプロでも同じらしく,投了の直前には手洗いに立って気持ちを落ち着けるというプロも多いと聞く)。将棋は相手の王将という駒を詰める(動けない状態にする)ことが目的のゲームで,一手の違いは百万手の違いと同じことである。「あと一歩だったのに」という自分へのいいわけがいいわけにならないのである。何か自分を全否定されたような気になることもある。しかし,悔しさとは別に,相手の強さ・巧みさや自分の至らなさを認め,「負けました」と言えることは自分を成長させる大事な一歩なのだろうと思う。

ある程度の棋力がある者同士では,勝負がついたあとで「感想戦」というものが行われることが多い。お互いの指し手を再現して読み筋を披露しあうのである(「よく何十手も覚えていられますね」と言われることが多いが,相手の指し手に対する応手には必然性があるものなので,自然に復元できるのである)。「ここでこう指していたら?」「それに対してはこうやるつもりだった」という感想がかわされる。この中では互いのミスを指摘しあうこともあるが,より重要なのは形勢判断である。つまり,「ここではこちらが指しやすい」とか「こちらが負けになっている」といった判断である。初級のうちは,「これで勝ち」と単純に判断するが,上級になるほど「これは難しい局面だ」ということばが多くなってくる。判断がつかないのではなく,駒の損得以外に,駒の働きの効率といった数値化がしにくい形勢判断の要素が多くなってくるし,自分が読んでいない指し手の中に好手が潜んでいる可能性があることがわかってくるのである。自分が「わかった」と思った領域の外側に,未知の領域が存在することがわかってくる。そのことへのいわば「畏れ」のような感覚を持つことが,上級者のあかしといえるのかもしれない。

現在,あらゆる分野で即効性やHOW TO的な便利さが求められる一方で,深い専門性やそれを身につけるための修練,自分が到達した地点の先の未知の領域の広大さといったものに対する敬意や畏れというものが,軽視されるようになっている気がしてならない。自分のごく浅い経験や知識で物事を判断してしまい,わかった気になってしまうし,そのことを広言してしまう。世の中に即断できることはまずないし,自分はそうはできないと悟ることが必要なのだろうと,将棋を指してきて思うようになってきた。

Study nature, not books.

中須加由希

幼いころは全身で,発見することの喜びを感じながら生きていた。小さな小学校だったので,よく一人で下校した。孤独な時間は嫌いではなかった。ささやかな発見で満ち足りていた。

歳を重ねるにつれて、臆病になった。今でもやってみたがりで見てみたがりだけど,根は臆病で,知らない世界の先をすすむのは怖い。学生時代によく叱られた。「文献で何をそんなに調べることがある?分からないことは,実験材料に聞け。とにかく自分の目で見てみろ。」どこかの研究所の図書館にも「Study nature, not books.」と書かれている。幼いころの経験から,直に見て触り感じて得られるものの大きさも楽しさも知っているのに,臆病のムシが顔をのぞかせ,足を引っ張る。大学の研究室では努めて意識して,動き回るようにしていた。自分が今積極的に行動できているかどうか,敏感に察知するようになった。周囲からはよく実験をするねと言われたが,教授からは「足りん!」と一喝。最後の飲み会では,酔っ払った教授に「中須加さんはね,教員には向いていると思うよ。人を許せるから。だけどね,まだどん底を知らない。」どん底を知らないから,なかなか成長しない。ずっと,私に臆病のムシがついていることを知っていたのだ。鍛え上げられた観察眼は恐ろしい。実験材料の微細な変化のみならず,人間の本質をも見透かす。悔しかった。まだまだ足りないことも分かっている,そんな自分に気がついた。

臆病になったということは,失いたくないものができたからであって,悪いことではない。しかし,自分はその先に進みたいと強く願っている。それならば,臆病なままではいけない。飛び込んで,自分の目で見て感じて吸収し,判断し,行動に結びつける。なかなか結果には結びつかないが,ひたすら精進を続けようと思う。「Study nature, not books.」の「nature」は,「今自分の置かれている環境」という意味であると捉えて。

夢の「きれい好き」をめざして

永田宏子

みなさんは,「あなたって,きれい好きだね~」と周囲の人から言われたことがあるだろうか? 私は………ない。人生,一度でいいからこの言葉を他人から聞いてみたいものだが,未だ聞くことができない。しかし一方で,「片付けなさい!」という言葉は,親からそれこそ耳にタコができるほど聞いてきた。母親はけっこうな潔癖症であったので,余計に私のいい加減さに腹が立ってたまらなかったらしい。

不思議なもので,親がきれい好き・潔癖症だからといって,子どもがきれい好きに育つとは限らないようだ。私の観察によると,どうもきれい好きの親というものは散らかっているのが許せないために,子どもに片付けさせるよりつい自分でやってしまう傾向がある。気分スッキリ,爽快らしい。すると,子どもは「放っておいても,いつの間にかキレイになっている」ことを学習してしまい,自分ではやろうとしなくなるというわけだ。というわけで,「私が片付け下手なのは親のせい」と結論づけられるわけだが,大学に進学し親元を離れると,この「いつの間にかキレイ」という魔法がきかなくなり,とたんに「いつまでも荒れ放題」という現実に直面することになる。

そうはいっても,簡単にきれい好きに変身できるほど身についた習慣は簡単には変わらない。まあ,昔から「ホコリで死んだやつはいない」などというじゃないか,とうそぶいてみたり。大雑把なことでは人後に落ちない,獅子座のO型である。それよりもときどき私の下宿先にやってくる母親が勝手に掃除・片付けをしてしまうのには参った。帰宅後に物の位置がまったく変わってしまっていて,「お茶碗はどこだ!」と激怒の電話をしたりしていた。きれい好きな母親は自分が満足すればOKで,私の使い勝手など考えてはいないのだ。「これだからきれい好きはジコチューで困る」というのが,当時の私の気持ちであった。

そんな私の意識に変化をもたらすことになるのは,やはり就職だった。仕事は個人でするもので
はなくチームで取り組むものであるから,自分にだけわかるルールで物を置くわけにはいかない。また,仕事には異動や転勤はつきものであるから,他の人がすぐにわかるよう書類を整理・分類することが要求される。必要なときに必要な物がすぐに出てくることは仕事の基本であり,整理整頓ができないということは仕事ができないということだ,と最初にたたき込まれた。きれい好きの人から見れば物足らないだろうが,仕事の場ではできるだけ物を整理し,乱雑にならないようにこれでも心がけているつもりである。

しかし,自宅となるとさっぱり整理が進まない。「仕事をしているんだから,掃除や片付けはなかなかできなくって当然」という元同僚の言葉に,「そうよね~」と大きく頷いたものだ。でも,心の中には「これではいけない」という気持ちは大いにあるので,『捨てる技術!』だの『収納の基本と習慣』だの整理整頓に関わる本をそりゃあたくさん読んだ。朝日高校の職員の中でもっともたくさんその手の本を読んでいる(もっている)という自信がある。が,ここが大切なのだが,HOW TO本をいくら読んでも実行しなければ意味がないということだ。

物の指定席を決め,使ったら必ずそこに戻す。モジュールをそろえ,テーマカラーを決めて煩雑な色構成にならないようにする。全体から部分を見て,シンプルで統一感のあるインテリアにする。「いつか使うかも」と考えず,使っていないもの・不要なものを思い切って処分する,などなど本から学んだことを少しずつ実行に移しつつあるところだ。おかげで,家の中もすこしさっぱりし,廊下をフワフワと飛ぶ猫の抜け毛を掃除機で吸い取るのが気持ちよくなってきた。

親にいくら言われてもなかなかできなかったことだが,自分自身がその気になれば時間がかかっても自分を変えることはできるようだ。そうだ,箸使いだって,私は大人になってから直したんだった。人間は死ぬまで成長できるという。「私は片付けが下手だから」と決めつけずに,死ぬまでに一度でも「きれい好きねえ」とだれかに褒めてもらえるよう,少しずつでも片付け上手に近づきたい。あの世でまた母親に「片付けなさい!」と叱られることがないように。

見えないベクトル

柴田みさえ

「昔はちょっと変わった子ぐらいにしか思われていなかったんですがね。脳科学が発達して,人の心の中が明らかになるにつれて,『普通』の幅はだんだん狭くなってきているかもしれませんね。」教育相談研修でこんな言葉を聞いたとき,様々な場面で個性を認めようとしているつもりが,私自身「普通」であることにこだわっているように感じた。「普通ゾーン」から外れることは変わっているどころか,何か大変なことであるような錯覚に陥ってしまうのだ。

「普通」であることへのこだわりは学校生活でも見られる。答案返却をすると自分の解答用紙を受け取るや否や,「先生,平均点は何点ですか?」と必ず誰かが質問し,平均点を発表すると,自分の得点との差がほんの数点でも一喜一憂するのだ。総得点を受験人数で割った単純な点数にビンゴ大会のように反応するのはなぜなのだろうか。我が子についてもそうである。「みんなそうだよ」などという言葉に惑わされ,自分の子供が平均ゾーンにいるならいいかと,子供の言い分を認めてしまうことがある。その「平均ゾーン」は子供が都合のよい人たちを想定して算出したものであることはうすうすわかっていてもだ。

「普通」であること,または多数派であることに安心してしまうのは実は楽だからかもしれない。他者とかかわっていく中で,自分の持つベクトルと他人の持つベクトルの向きや大きさが似ていれば,ベクトル合わせはより簡単である。ベクトルの大きさや向きが違えば違うほど,ベクトルを合わせるためにはより広い心の幅が必要になる。大切なのはそこなのかなと思う。

まずは自分のベクトルをしっかり知ること。(自己理解)。これがしっかりしていなければ,他人と合わせようがない。次に他人のベクトルを理解すること(他者理解)。そしてそのベクトル合わせ。自分のベクトルと相手のベクトルが違っていればいるほど心の幅が広がると思えば,努力のしがいもあるかもしれない。世の中がどんどん忙しくなってしまって,時間的な余裕がなくなり,そのためにベクトル合わせの大変な他者を無意識に排除しようとしているのかもしれない。他人のベクトルについても以前は「大体同じ」と構えてじっくりとベクトル合わせを調整していたのが,効率よくするために分析ばかり一生懸命にしているかもしれないと思う。

きちんと人間関係を作り上げていくには,やはり時間と努力と心の元気が必要なだけで,「普通」であることにこだわる必要はないのだ。自分は普通であるという思いは捨てがたいが,朝日高校は教員も生徒もひょっとして個性派揃いかもしれない。ベクトル合わせが大変なこともあるかもしれないが,校内ではそのベクトル合わせのお手伝いができるピア・サポーターたちが育ちつつある。植物に関しては,芽がでないとほじくりだして結局だめにしてしまうことが多い私だが,このサポーターたちの芽がでて花が咲くことを信じてじっくり見守りたいと思っている。育てることは待つことだと何かで読んだことがある。そう言えば,昨年小学1年生だった息子が植えた朝顔はなかなか最初の花が咲かなかった。すぐそばで綺麗な花を咲かせている鉢ばかり気になった私に対して息子はいたって平気だった。おそらく友達の朝顔と比べることなく,のんきにいつかは咲くと思っていたのだろう。他人と比べることなくひたすら待つことのできる息子にひょっとしたら弟子入りした方がいいのかもしれない。目に見えているものに常に惑わされている私はきっと修行が足らないのだろう。